『葵の残葉』再読終了

目次
序 二見朝隈写真館
一 写真と近親
二 家長のアングル
三 京という被写体
四 芋とレンズ
五 青松葉
六 荒城の月
七 金鯱、降りる
結 葵残葉

この目次 内容と一致していまする。
が・・・
私の無知 荒城の月とは・・・

六 荒城の月の章は主に 高須四兄弟の末弟 桑名藩松平定敬の 鳥羽伏見の戦い以降を描いている。

江戸を出てから関東各地で敵方(新政府軍)と戦い、家臣の恭順を解くものを排除し、自ら軍を率いて、兄、容保のいる会津へ
会津降伏後
会津、米沢、仙台、函館、清国の上海を九ヶ月に渡り明治2年5月に横浜に戻り降伏する。

尾張藩主にもなった徳川茂栄、一時は尾張の家中を慶勝と二分したこともある。
尾張から一橋家へ、旧幕府方の名家の当主となった茂栄は、結局政局に巻き込まれずすんだ。
茂栄は、旧幕府方の人々について、新政府へ哀願を出すのに最も適任者として重宝されていた。

尾張・徳川慶勝は、一橋家に養子に入った弟・徳川茂栄に桑名松平家を親身になって考えてくれるだろうと書状を出す。

荒城の月 こうじょうのつき 世界の民謡・童謡より

歌詞

春高楼(こうろう)の 花の宴(えん)
巡る盃(さかづき) 影さして
千代の松が枝(え) 分け出でし
昔の光 今いずこ

秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁(かり)の数見せて
植うる剣(つるぎ)に照り沿いし
昔の光 今いずこ

今荒城の 夜半(よわ)の月
変わらぬ光 誰(た)がためぞ
垣に残るは ただ葛(かずら)
松に歌う(うとう)は ただ嵐

天上影は 変わらねど
栄枯(えいこ)は移る 世の姿
映さんとてか 今も尚
ああ荒城の夜半の月

歌詞の意味・現代語訳(意訳)

1.
春には城内で花見の宴が開かれ
回し飲む盃(さかづき)には月影が映る
千年の松の枝から こぼれ落ちた
昔の栄華は今どこに

2.
秋の古戦場 陣跡の霜に静寂が満ちる
空を行く雁の群れの鳴き声
敗れた兵の地面に刺さった刀に映る
彼らの命の輝きは今どこに

3.
今や荒れ果てた城跡を
夜半の月が照らす
昔と変わらぬその光
主も無く 誰のために
石垣に残るは葛のツタのみ
松の枝を鳴らす風の音のみ

4.
天上の月が照らす影は今も変わらず
されど世の中の栄枯盛衰を
今もなお映そうとしているのか
ああ 荒城を照らす夜半の月よ

歌詞の現代語訳を読んで、なぜ「荒城の月」と章に題したのか?理解できました。

まさに、京都所司代から朝敵にされ、旧幕府軍として各地を転々とし、最後は清国上海にまでいき、最終的に新政府軍に降伏した、もと桑名藩主・松平定敬の半生、そして高須四兄弟一人ひとりにも、通じる感慨深い思い
『荒城の月』の歌詞 凄し!!!





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