錦の御旗

 江戸検今年のお題『幕末・維新を駆け抜けた人々』 マダムはてんで幕末わかりませぬ、出てくる人の名前をチョット知ってても、横に繋がりません。良く言えば、全部覚えれば良いw、無駄な知識も無いので結構楽かも…であります。

2-12に 獏塾講座「90分でわかる戊辰戦争」を受講予定。それまでに、戊辰戦争だけでもやるよーーっと、始めたは良いけれど…

色々と引っかかって前に進みませんwww

【錦の御旗 】

山川出版社 詳説 日本誌図録
山川出版社 詳説 日本誌図録

徳川慶喜が、鳥羽伏見の戦いの後、ダメージが少ないにもかかわらず、敵前逃亡。

【錦旗】が、出てきちゃったから、もう朝敵になっちゃうと相当なショックを受けたらしい。

その旗が、【錦旗】調べると面白い。

戊辰戦争時の錦旗は、この画像。

錦旗で画像をググるといろんなのが出てきます。

後醍醐天皇の時代から500年出されたことのなかった錦旗、誰も見たことがなかったので岩倉具視のブレーン玉松操がデザインし、大久保利通らが作成した。つまり錦旗を作っていいよと朝廷からお許しがでたら、勝手に作ってよかったらしい・・・

なんでもありなんだな~

そしてそして

最後に行き着いたのはコレでした。

「宮さん宮さん…」映画やドラマで使われているようです。

なんだかのんびりした感じの曲調デス

元旦のNHKBS「江戸城無血開城」(やっと見ました)にも、イントロだけ登場してました、おわかりになりましたか???www

wikiには(抜粋)
*歌詞は、戊辰戦争での新政府軍(官軍)の気勢を描いている。歌詞の「宮さん」は、戊辰戦争時に新政府の総裁で東征大総督でもあった有栖川宮熾仁親王を指す。
*作詞は品川弥二郎、作曲は大村益次郎とされているが確証はない。事実上、日本初の軍歌と言える。
*プッチーニ作曲、歌劇「蝶々夫人」に旋律が引用されている。

【上野戦争】

『幕末維新懐古談』で上野戦争のこと書いてあったな~と思いだした。

幕末維新懐古談 上野戦争当時のことなど  高村光雲

http://www.aozora.gr.jp/cards/000270/files/46198_24236.html

2/12 獏ゼミまでに戊辰戦争もう少し詳しく調べたい、間に合うかっ???



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錦の御旗」への10件のフィードバック

  1.   マダム 様

    「トンヤレ節」が大村益次郎の作曲という話は知りませんでした。
    彼が本当に作ったとしたら非常に興味のある話ですね。
     私には違和感が感じられるお話しですが、どのようなものでしょうか?
      本郷の主殿

    1. 本郷の主殿 様
      ググルと出てきます
      【宮さん宮さん】
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E3%81%95%E3%82%93%E5%AE%AE%E3%81%95%E3%82%93
      wikiには 作詞は品川弥二郎、作曲は大村益次郎とされているが確証はない(品川弥二郎の恋人の中西君尾が節をつけたという説もある。)

      http://www.budoshop.co.jp/Kiserukemuri2-2/no.100-no.117/106BakumatsunoGunka.htm

      トコトンヤレ節」、俗名「宮さん宮さん」の歌詞は有栖川宮熾仁親王
      が錦の御旗を立てて進軍する様子を歌ったものだ。
      作曲は幕末・明治の軍学者・大村益次郎、作詞は松下村塾卒業生、品
      川弥二郎。長州コンビと伝えられているが、真実やいかに。

       大村益次郎は蘭学を学んでいたし、シーボルトの娘とも交流があった。
      ましてや西洋砲術の大家、西洋音楽は聞きかじった気配は充分ある。
      どこそこかの国の曲を和風にしたやもしれぬ。作詞は品川弥二郎でなく、
      芸妓・中西君尾の説もある。「トコトンヤレ」は君尾の発案であろう。
      まあ、二人が色里の床の中でのやり取りでできたとする方が自然だ。

      http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000141104
      質問
      (Question)
      「宮さん宮さん」という歌は、何のための歌か。また、いつごろ流行ったのか。
      回答
      (Answer)
      『日本流行歌史』(古茂田信男ほか著 社会思想社 1970年)によると、「宮さん宮さん」(「トンヤレ節」)は、長州藩出身の参謀品川弥二郎が、橋本八郎の変名で、一軍の士気を鼓舞するために作って歌わせた進軍歌で、作曲は同じ長州藩出の大村益次郎。1868年(慶応4年=明治元年)2月、東征大統督有栖川宮熾仁(たるひと)親王に率いられた薩長土ら22藩の兵がこのを歌いながら、東海・東山・北陸三道から江戸を目指して進軍した。5月の上野の戦争後、流行歌に転じ、30年ごろまで歌われた。

      【錦旗】
      wikiより
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%A6%E3%81%AE%E5%BE%A1%E6%97%97

      1868年(慶応4年)正月、鳥羽・伏見の戦いにおいて、薩摩藩の本営であった東寺に錦旗が掲げられた。この錦旗は、慶応3年10月6日に薩摩藩の大久保利通と長州藩の品川弥二郎が、愛宕郡岩倉村にある中御門経之の別邸で岩倉具視と会見した際に調製を委嘱された物であった。

      1.  マダム様

         ありがとうございました。
         錦旗を思いつく人が薩長軍にあり、幕府軍にはそのような事を考えも
        つかなかったところが勝敗を分けたと思いますが、いかがでしょうか?

          本郷の主殿

        1. 本郷の主殿様
          私も同じ事を考えました。が、当時の状況下で、幕府側が朝廷に取り入って錦旗を言いくるめて作ることが出来たか???
          この場面だけじゃなく、大名・武士・対外国人と何だか子供の喧嘩の様に感じます。
          今だから、言える事なのでしょうwww

  2. マダムさま、いえさ、もっと年長のどなたかさま
    昭和40年頃、TBSドラマ「幕末」を見ていた方いらっしゃいます?
    私は「錦の御旗」というと、あのドラマで
    品川弥二郎が「トコトンヤレトンヤレナ」とうたっていた映像が目に浮かぶのです。
    このドラマ、田村高広が龍馬、江原慎二郎が勝海舟だったのですが
    (桂小五郎が御木本伸介、近藤勇は中村竹弥だった)
    大村益次郎と品川弥二郎を演じていた役者の
    顔は思い出すけど名前が思い出せない。
    みんな故人ですが、わかる方いらっしゃいますか?
    あー、マダムと主殿の知的コメントに比べてなんと俗っぽい!
    でも気になって気になって・・・

    1. 小ツル 様
      凄い配役ですね、さすがに知識の奥が深い・・・
      ぐぐりました。
      ——————————————————-
      ●幕末
      放送日=1964.10.25~1965.04.11
      放送局=TBS
      放送時間=日曜日 20:00~21:00
      【スタッフ】
      音楽=舟越隆司、制作=TBS
      【キャスト】
      田村高廣(坂本竜馬)、山村聡(井伊直弼)、中村竹弥(松平容保、近藤勇)、香川京子(お寿満)、神山繁(勝海舟)、市川小太夫(徳川斉昭)、伊豆肇(酒井忠顕)、江見俊太郎(松平慶永)、石黒達也(金子孫二郎)、佐野浅夫(稲田重蔵)、服部哲治、北村和夫(岩倉具視)、加藤武(清川八郎)、清水一郎、林孝一、長谷川裕見子(お登勢)、織本順吉(西郷吉之助)、蜷川幸雄(久坂玄瑞)、森雅之(島津久光)、中江隆介(真木和泉)、内田稔(伊牟田尚平)、水島道太郎(田中新兵衛)、戸浦六宏(岡田以蔵)、金内吉男(武市半平太)、金子信雄(松平春嶽)、里見浩太郎[現・里見浩太朗]、野々村潔(三条西季知)、大町文夫、小林昭二(三輪田恭平)、木村功(高杉晋作)、宮口精二(周布政之助)、桑山正一(伝兵衛)、北条きく子(みの)、田村正和(英了=由木彦之助)、轟謙二[轟謙司](加瀬三十郎)、池内淳子(幾松)、御木本伸介(桂小五郎)、堀雄二(山内容堂)、小松方正(大村益次郎)、井川比佐志(吉田稔麿)、小池朝雄(後藤象二郎)、穂高稔(中岡慎太郎)、高津住男(伊藤俊輔)、朝倉一(河野征一)、穂積隆信(上杉宗二郎)、仲谷昇(有栖川宮)、関根ゆり子(和宮)、市川和子(お竜)、浦野光(三吉慎蔵)、沼田曜一(黒田了介)、新克利(山県狂助)、川辺久造(大久保一蔵)、多田幸男(板垣退助)、天知茂、美川陽一郎、三沢康子(百代)、磯村みどり、小杉義男、三上真一郎、岡田英次、樋口功、寺島信子、北原隆、山岡徹也、田中筆子、北上弥太朗[嵐吉三郎]、内藤勲、浜田晃、菅野忠彦[菅野菜保之]、新克利、八木昌子、芥川比呂志(徳川慶喜)、稲野和子、山田真二、矢代京子、高橋幸治、高城淳一、寺島幹夫、山崎直衛(一国半蔵)、伊藤弘一(堺一平)、多田幸雄(武田耕助)、古賀浩二(関伴内)、明智十三郎、高須賀夫至子、西田昭市(宮部鼎蔵)、高千穂ひづる、西島一(田内恵吉)、扇谷治男[扇谷敏]、松井信子、加藤和夫(徳川茂承)、浅野進治郎(永井主水正)、芥川隆行(ナレーター)
      ——————————————————-
      (http://junjuns.akira.ne.jp/cgi-bin/databbs/noteky.cgi?c=noteread&f=1&id=961182383ngfhmrn&id2=957346283hwcsjnh&pg=1)

      この「トンヤレ節」も全く知りませんでした。主人は知ってたwww

      1. マダムさま
        ありがとうございます!
        検索テクニックが悪くてこのページには行きあたりませんでした。
        そうそう、小松方正、この名前が出てこなかったんです。
        「判決」とか「三匹の侍」とか、当時の人気ドラマのバイプレーヤとしてよくみた顔でした。
        大村益次郎というと彼の顔が浮かび、後藤象二郎というと、小池朝雄が浮かびます。
        品川弥二郎が分んないですね。顔は分るんだけどなあ。
        配役は、さすが、そうそう、ぴったり!が多いですよね。
        木村功は高杉晋作と、御木本伸介は木戸孝允と写真の顔が似ています。
        勝海舟は江原慎二郎じゃなかった。実物と顔が似ているので間違えました。
        相当夢中で見ていたらしく、殆どの人を覚えています。
        原作も読みました。
        なのに、数年前の幕末テーマの試験は60点くらいだったので、
        もう幕末嫌いになっちゃったんだなあ。

        1. 小ツル様
          残念ながら、顔と名前が一致する俳優がほんの少し…
          小ツルさんは、こんなに前から江戸ファンだったのですね 年季が違うw

          1. お風呂で
            えーと、高松英郎じゃなくてぇ、、
            あ!!!思い出したあ‼
            高橋悦史だー!と、なりました。
            お騒がせしました。
            私は父が大好きで、父といつも時代劇を見ていました。
            母はディズニー映画、でも父との映画は長谷川一夫の忠臣蔵でした。
            高校の時は新国劇に行きました。
            仲良しのお友だちの影響もありましたが。

          2. 長男が3歳位の時、日本橋で紳士に激突、高松英郎だったことがありました。
            小ツルさんの歴史好きは、お父様譲りなのですネ
            現在のように情報収集が簡単ではなかった時代では、環境が重要になります。時代劇もドラマもあまり見ない家で育ったマダムです

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