江戸時代の熊

今年の漢字は「熊」でした

近年 街中にまで出没する熊たち 江戸時代はどうだったのでしょう

Screenshot

江戸を勉強した人たちは、きっと思い出すだろう北越雪譜

鈴木牧之により 越後魚沼の雪国の生活が描かれています

***北越雪譜***

巻頭には、美しい雪の結晶のスケッチが描かれます(『雪華図説』下総国古河藩主 土井利位)

熊については 以下に書かれていました

初編巻之上
*熊捕
*熊人を助

二編巻二
*雪崩に熊を得

に記載されています

【熊捕(くまとり)】

越後の西北は海 東南は連山が高くそびえ立つので、獣たちが多い 獣たちは雪を避けて他国へ去るものもある。動かないのは熊だけである

上越後では質な熊胆が取れる 雪の止む頃 出羽あたりの猟師が熊を捕獲にやってくる

熊は 和獣の王であり強く勇敢で、義を知るものであり 同類の獣を食わず田畠を荒らさない 稀に荒らすときは食の無くなった時 詩経ではでは男子の祥(めでたいこと)と言われ、六雄将軍と言われることも、義のある獣である証

出羽国の猟師たちの、熊をとる方法や猟師(マタギ)の装束・道具など詳しく描かれています

【熊人を助(くまひとをたすく)】では、 牧之が聞いた 「熊が人を助けた話」

【雪崩に熊を得(なだれにくまをえる)】では、貧しい村の正直者・弥左衛門が、雪崩に巻き込まれた熊を見つけ、熊胆や熊の毛皮を売って、豊かに暮らせるようになった話

自然界に生きる熊 そして厳しい雪の中で暮らす人間との間で相互関係が成り立っている江戸時代の熊と人間の生活が描かれていました

***鈴木牧之***

縮の仲買人である鈴木牧之は江戸に行く機会も多く、江戸の人たちには雪国の過酷な生活を知らないのに驚き 郷土の雪と人間の共暮らしを書こうと思ったらしい。 江戸の文化人とも付き合いがあり、出版しようと思い立った。

出版に関しては、紆余曲折 山東京伝、滝沢馬琴 山東京山などを経て出版に漕ぎ着けた この辺りは、執念とも言える

鈴木牧之は、家業の縮の商いにも精を出し、その合間に北越雪譜の原稿等を描いている、

山東京伝に出版の依頼をしたのが完成10年(1798) 山東京山の協力を得て初版3巻を出版したのが、天保8年(1837)

39年もかかっている 凄いわ

鈴木牧之 没 天保13年(1842)

近年の街中に出没してくる熊は 義があるのか???

それとも 人間に義が無くなったのか???

江戸時代の熊のことを知ろうと思って読んだのに、出版の経緯に苦労のあった鈴木牧之に驚きました

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