「おけら」になるというのは、賭け事に敗け、文無しになってお手上げ状態になることをいう。昆虫の「おけら」が前足を上げた姿と、人間がバンザイをしてお手上げ状態になっている姿が似ているからである。


競馬場と最寄りの駅を結ぶ道は、競馬に敗けて文無しになった人達が帰る道なので、いつのころからか、「おけら街道」と呼ばれている。
私がはじめて、競馬場へ行ったのは、昭和47年(1972年)の12月17日、有馬記念が行われた曇り空のうすら寒い日だった。当時は武蔵野線が船橋まで来ておらず、現在の中山競馬場の最寄り駅である船橋法典駅は開業していなかった。京成線の東中山駅から中山競馬場へ向かう道が「おけら街道」と言われており、この道を通って、私も中山競馬場へ向かった。道行く人は、誰もが馬券的中の大儲けを夢見て、足早に競馬場へ向かう。
競馬場に近づくにつれ、道端に今日の競馬の予想を売る予想屋という人々が目につく。各レースの予想(当時は、単勝、複勝、枠連の馬券のみ販売)を書いた紙きれを封筒に入れて売っていた。なんとそれが千円する。競馬の予想が掲載されているスポーツ新聞は、当時、100円前後であったから、そんなもの買う人がいるのかと、足を止めてみると面白いことをやっていた。客の一人を選んで、予想屋に見えないようにして、丼ぶり鉢の中でサイコロを振らせ、その出た目の組み合わせを当てるという。さいころの出た目が1と6なら、1-6というように、紙に書いて示すのである。なぜか、不思議に当たる。そして自分の競馬の予想も当たるといって、予想を売っている。そして、それを買う人がいるのである。
なぜ、さいころの出目が当てられるかのその時はわからなかったが、競馬の予想を当てることとは関係ないと思った私は買わなかった。さいころの出目を当てるのは既に起こった事を当てること、競馬の予想はこれから未来に起こることを当てること。ちがう次元の問題である。
後で、わかったことだが、この予想屋には見物客に扮した仲間がいて、丼ぶり鉢の中の出目をのぞき見て、それを何らかのサインで予想屋に教えていたようである。
別の予想屋のところには、いかにもサクラと思われる客がやってきて、「やあ、昨日買った予想が的中して大儲けしたよ。」というようなことを言って、予想を買う。予想屋は、「今日は、札束を入れるボストンバッグ持ってきたか」などと、軽口をたたく。サル芝居である。
競馬が終わった帰り道、予想屋は誰一人残っていない。競馬の予想は、「ウソヨ」だから、予想がはずれても怒ってはいけない。自己責任である。インターネットで馬券を買う人が多い現在、競馬の予想情報はネットに溢れている。もう、こんな小芝居をする予想屋はいなくなったことだろう。
このときの有馬記念の1着はイシノヒカル、2着はメジロアサマ。単勝配当は1番人気で、400円、枠連も1番人気で820円。私も的中馬券を持っていて、わずかながらプラス。「おけら」にならずに、おけら街道を帰ることができた。50年以上前のことである。


コメントを残す