『葵の残葉』奥山 景布子 (著)読了

12期会(江戸検合格者の会)の中の分科会「濃尾列藩同盟」
この会の方々から特別ゲストで分科会に招かれまして・・・・(笑)
議題「美濃高須藩4兄弟」ほか
ということで、勉強勉強(笑)

↓これ有名な写真
画像があると一気に親近感あります

高津4兄弟 明治11年9月3日 銀座・二見朝隈写真館にて撮影

4人揃って正装でパシャリ、このあと慶勝の本所邸で食事をしたそうです。
どんなことを話したのだろうか???

『葵の残葉』奥山 景布子 (著)


   

幕末の佐幕派と薩長土肥との抗争
高須4人兄弟の長兄、尾張様と呼ばれる慶勝の目線で描かれている。
いやあ〜4兄弟それぞれ、活躍してる。
高須藩は尾張藩に子がないときに養子に行ってる。
それにしても、4兄弟が全員、重要な箇所で活躍、そして敵対する。

それぞれ高須家から養子に出て
兄2人 尾張徳川慶勝 一橋茂徳は新政府
弟2人 会津松平容保 桑名松平定敬は佐幕
兄弟で対峙する、お互いを気遣い辛かっただろうと思う。

wiki 高須藩より
尾張藩主の子が立藩しており、宗家に嗣子が絶えたときこれを相続し、尾張藩を輔弼(ほひつ:《名・ス他》天子・君主などが政治を行うのを、たすけること。また、その任にあたる人)する役割を果たすなど支藩として機能した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%A0%88%E8%97%A9

従兄弟である慶喜も、そう見るとどことなく似ている気がする。

今まで、幕末といえば、薩長側から、あるいは幕府側、慶喜や容保の目線でみていた。尾張から見ることは、なかったので勉強になりました。

慶勝の苦悩 特に青松葉事件はどれほどの辛苦だっただろうか?
このあたりは、はじめて考えた箇所です。

やっぱり画像があるって、凄い
現実味が迫ってくる。
画像力をしっていた尾張様は、何でもかんでも画像に残そうとした。
それが裏目に出る場合もあったのです

 

 



もうちょっと勉強しとかないと
12期会「濃尾列藩同盟」のおじさま方、勤勉だからな〜



◆◇◆記事を読んだご感想をお聞かせください◆◇◆
  • 素晴らしい (0)
  • 役に立った (0)
  • いいね (0)
  • マダム好き (0)
  • つまんない (0)

『葵の残葉』奥山 景布子 (著)読了」に1件のコメントがあります

コメントを残す