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10月9日 大江戸フレンズの皆さまと日野周辺新撰組を中心に、ボランティアガイドさんをお願いして散歩してきました。
このお仲間でいつも遅刻ではないけれど一番最後に集合するマダムです。
午後からの散歩に、今回は1番にいくぞ〜と待ち合わせの高幡不動に10時着。
前の晩 みさをちゃんに教わった「勝五郎の生まれ変わり藤蔵」の墓を見にいくのが主な目的。
勝五郎とは、平田篤胤が生まれ変わりとされる藤蔵から話を聞き『勝五郎再生記聞』を著し、仁孝天皇・光格上皇に献上したそうです。
その辺のところを詳しく知れたらな〜と軽い気持ちでした。
大日堂の奥にある墓地 標識があるものの探すのに結構時間がかかりました。
お墓で案内板やパンフレットを読んでいたところ、藤蔵の末裔の方がお掃除に見えていろいろお話を伺うことができました。
ストーリー | 勝五郎生まれ変わり物語
勝五郎 藤蔵のお話はリンク先をご覧ください。
パンフレット内容をお話していただきました。
勝五郎生まれ変わり調査団 日野市郷土資料館で活動している市民の集まり。
講演会 イベント等々精力的にご活躍なさっていらっしゃるご様子でした。
話をしているうちに、小宮さまの程久保にあるご自宅に資料をいただきにお伺いすることになりました。待ち合わせの時間も気になりましたが、こんな機会はまたとないと思い歩くこと20分・・・
ご自宅は程久保の高台にあり、後方は山 前方は京王動物園線を見下ろす一面見晴らしの良い場所。
名主だったご先祖 昔はこの辺一帯が所有地だった様子です。 家の目の前に程久保六地蔵
この後、散歩で六地蔵が日野にはあちこちに出てくることがわかります。
玄関先で資料をいただいて、お暇するつもりでしたが、仏壇の露姫の位牌のお話を聞いて
見せていただくことに、図々しい・・・www
露姫とは池田冠山(松平縫殿頭定常)の娘
聡明でとても冠山に可愛がられていたそうですが、文政5年11月27日、疱瘡(ほうそう)(天然痘)のため数え年6歳で亡くなってしまいました。勝五郎のように生まれ変わって欲しいという期待があったのでしょうか?
冠山は参勤交代の途中で中野村の勝五郎の家を訪ね、生まれ変わりの話を聞かせてほしいと頼んだそうです。
この辺のところは池田冠山・露姫と勝五郎 に詳しく書かれています。
露姫の位牌についてはブックレットのコラムを引用させていただきます。
コラム 小宮家にある露姫の位牌
藤蔵の子孫の家を継承する小宮家の仏壇には、ずっと露姫の位牌が祀られていました。
調査団の調査が始まる少し前までは、院殿号の立派な戒名の位牌が露姫のものであることもわかっていませんでした。また、露姫の位牌であることがわかってからも、なぜ藤蔵の家にこのような位牌が祀られてきたのか、その理由はわかりませんでした。
平成19年11月に、調査団が鳥取・松江の調査旅行を実施した時に鳥取市の雲龍寺という寺院に、露姫の位牌があることがわかって訪問しました。その折に見せて貰った資料に、池田冠山が、遺墨とともに露姫の戒名も刷物として配布したという覚書があり、冠山が勝五郎宅を訪問した時に、戒名の刷物を持参した可能性があることが分かりました。藤蔵の家にも戒名戒名の刷物が届けられたか、勝五郎の家にあったものを写したかしたのでしょう。勝五郎の家にも露姫の位牌があったのではないでしょうか?
いずれにしても、誰のものか忘れられてしまった露姫の位牌が大切に祀られてきたこと、鳥取に行くまでは分からなかった雲龍寺の露姫位牌のことなど巡り合わせの不思議さを感じさせる出来事でした。
結局 車で待ち合わせ場所まで車で、送っていただきました。
貴重なお話を伺い 送っていただき感謝 感謝 感謝
図々しいマダムをお許しください。
最後に 小宮さま お薦めのyoutube
マダムさま
これは素晴らしいですね。得難い経験!
池田冠山の姫の話は江戸楽で聴いた時に印象に残ったので
向島に行った時は弘福禅寺の冠山の墓碑にお詣りしましたが
なんと、露姫の位牌が日野にあるとは!知りませんでした。
生まれ変わり話も面白いですね。
マダム’Sブログ、ますます楽しみです。
小ツルさま
池田冠山については薄っすら知っていましたが、露姫は初めて知りました。
向島弘福禅寺行ってみたいデス。
ブログやらFBやら やってる場合かっ!!!
チーガーウーダーロー (まゆこ樣風)
いやいやいや、自分の目で見たものって忘れないです。
池田冠山もしくはほどくぼ小僧が出たら!
いやいや、出ませんネ
ただ 参勤交代の途中で寄り道するというのは大変なことになるのだと、知りましたデス
弘福禅寺は別にでかい石碑があるだけでした。
でも向島は三囲神社やら百花園やら面白いところなので
お勧めです。